あれっ地殻変動?
地主が大蔵省になった!

  日本列島を激しく巻き込んだ地価高騰の渦、そして、その頂点から一気に「バブル」が崩壊してから20年が経ちました。その間の地価の動きは非常に激しく、バブル以前・バブル最中・バブル以後と三期に分けて概略してみれば、以前を100として最中では300・400と値上りしました。そして以後の現在ではバブル以前に戻ったというところでしょうか。(但し、実際にはなかなか思った値段では売れませんが・・・)
  しかし、これは土地の実際売買の話です。相続税の世界では、財産評価基本通達に基づいて評価がなされます。いわゆる路線価です。この評価額は、年に一回公表される地価公示価格の80%相当の評価とされています。そして、この公示価格は実例収集して鑑定するので地価の実際を反映するまでに、若干のタイムラグ(時差)がおこります。いずれにせよ相続税の世界では、大地主さんには相当額の相続税が発生しますので、金銭納付は困難となり、あげく物納を選択しなければならなくなるのです。(注:平成18年の税制改正により、延納・物納ともに要件が厳しくなったため、平成18年4月1日以降に発生した相続において物納の選択は難しくなっています。)

  先日、私のお客様が相談に来られました。用件は、自分の自宅の土地が借地なのですが、地主に相続が発生し、相続税のために物納されるとのことだがどうしたら良いのか、というものでした。原則として、地主がその貸地を物納するに際して、その借地人の許可を得る必要はありません。(但し、借地人の印の必要な書類を当局から要請される場合もあり、それが事実上の「借地人の許可」となってしまうことがあります。)ただ借地人としては、地主が財務省(国)になってしまったらどうなるのかを、事前に知っておく必要があります。

  そこで、ここでは一応地主が国となった場合について簡単にご説明致しましょう。
  国が地主となっても、原則的に従前の賃貸借契約を引き継ぎます。そして、国との契約はあっても、私法上の契約となりますから、国の定める契約書式によって契約するにしても民間の標準的なケースに準拠したものとなります。
  地代は、財政法第9条に従い「適正な対価」となります。そこで、これにより算出された額が近傍類似の民間賃貸実例に比べて著しく高(低)額の場合は、適当に修正されます。各種の承諾料などの一時金については、授受の慣行があれば請求されます。要するに民間の地主の場合とあまり変わりません。しかし借地問題の三つの要素(法律・経済・人情)のうち人情的側面は、良くも悪くも国に対して期待はできないでしょう。「大家は親、店子は子」式の人情論で、承諾料、更新料あるいは地代を話し合いで、ある時は安くしてもらったり支払いを少し待ってもらったり、また分割払いにしてもらうなど、円満な人間関係があれば許されることも国が相手では難しそうです。

  私のお客様の話に戻しましょう。色々考えた結果、国が地主になるのは今のところなんだか心配だという結論となりました。そこで、私の提案は2通りとなりました。第1は、底地を買取ること、第2は底地と借地を交換してその敷地を一定割合で引き分けることです。この件の場合幸いに土地が広かったので第2の方法をとることに決まりました。
  早速、地主側との交渉に入りましたが、この交渉の前に、私が借地人および地主双方に提唱したのは、今回の交換取引によって「地主には、物納する場合と比べて経済的に損をさせない」ということでした。つまり地主の側の物納によらなければ、相続税納付が出来ないという弱みにつけ込むような交渉はしないという事です。具体的には、物納のための底地評価額=交換後の変換分更地の評価額となれば良いことになります。実は今回の件では、地代が著しく安かったため、ある程度の値上げに借地人が応じなければ、税務署はこの底地を物納で受け取ってくれないという事情もあり、これを「人質」にとって強引な交渉を進めることも出来ない訳ではありません。しかし何十年もお世話になった地主さんとの別れ際ですので、正々堂々とした解決を計ることが「善」というものです。
  地主側もこの提案に快く乗ってくれました。借地人の自宅建物を傷つけることなく、庭を中心にして周辺空地を多く取り込むように上手に線引きした形で、返還用(地主にとっては物納用)の更地を作りました。そしてこの更地を専門家により再び評価してもらい、以前の底地評価に対して若干不足する分を交換差金として現金払いすることにより決着しました。本件の場合、この交換差金が交換物件の高い方の額に2割以内でしたので、借地人は所得税法58条によりこの交換による譲渡に対して所得税はかかりません。

  この件は借地解消の為の方法の「借地底地の交換」を上手に使った例ですが、もし、この交換をしなければどうなるのでしょうか。

  土地が広かったので、地主から直接全部の底地を買い取れません。そして、それを国へ物納されたら、国から将来その時の「時価」による評価で底地の払い下げを受けることもできますが、土地が広いので果たして、その時買い取れるだけのお金を用意できるかどうか不明です。そして、今回のように「民間地主」の場合に可能である「交換」は、「国地主」との間では出来ませんので、借地解消という点からみるならばその機会を失う事になったと思います。

  ちなみに今回のような「交換」で見逃されがちなことは、地中埋設物についてです。交換は借地人が従来借りていた土地の一部を地主に返還するのですから、借りる以前の状態に戻して返すのは当然です。しかし、ついうっかりするのは、借地人の家への配線・配管されている空中線・地下埋設管の取り扱いです。本来でいえば交換引渡しの際に、地上物同様にすべて取り除くことが最も望ましいことですが、費用的・時間的に容易でない場合は、将来必要に応じて、旧借地人がその費用と責任でこれを処理する事、またその義務は旧借地人の所有地の継承者に引継がれる事、などを取り決めておくのが良いと思います。

(株)ハート財産パートナーズ 林 弘明


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