分かりにくいは良くないこと
借 地 法 ・ 借 家 法

  「預かり物は半分の主」という諺があります。他人から預かった物は、半分位はもう自分の物だと思っても差し支えないという意味です。他人の物は借りたら返す。もし返さなかったら泥棒だと、私たちは子供の頃から教わっています。しかし今の借地法・借家法では、この諺にあるように、他人の物(土地や家)を借りたが幸い、ずっと使える。早い話が返さないで良いものなのです。返さないで良いばかりか、借地に至っては、その土地の価値の60〜70%が借りた側のものなのです。(平成4年8月1日に施行された借地借家法新法による、「借りたら返す」という一定期間だけの土地賃貸借という定期借地権制度は除く。)
  今でこそ、世の地主さん達も既に「悟り」を開いておりますから、6割や7割をただで借地人に取られてしまっても諦めていますが、それでもたまには、ご高齢の地主さんで、この借地人の権利いわゆる借地権を絶対に認めようとしない方もいらっしゃいます。
  では何故こんな法律が通用しているのでしょうか。実はこれには長い歴史的背景があります。

  借地法・借家法が制定されたのは大正時代です。その頃は世の中の貧富の差は現代に比べて大きく、また、当時の持ち家思想があまり無かったので、都市部では借地・借家が一般的でした。こうした世情のもとで、家や土地を持たない市民の生活の基盤を安定させる目的から、借地法・借家法が生まれました。そこで当然、借地人・借家人に有利に傾く法律となりました。
  終戦後、占領軍が日本へ進駐して、農地の小作人への解放を行い、日本の農業基盤については抜本的改革を行いました。これと同時に都市部の宅地の解放もされるべきだったと思いますが結局行われませんでした。そこで、戦後約50年間に、この借地法に改正に改正を加えながら、実質的には都市部の宅地を解放してきたという訳です。言葉を変えれば「借地」という特定の地主と借地人との関係のなかでのみ成立している権利「債権」を、幾度かの改正で実体的に所有権のように誰に対しても無制限に主張できる権利「物権」に近づけてきたということなのです。
  これらの政策が結果として、日本の国民間の貧富の差を小さくし、そのお陰で日本経済もここまで大きく発展したのかも知れません。しかしその反面、借地あるいは借家の法的トラブルは枚挙にいとまが無い程多発していったのです。
  元来、借地・借家は債権・債務の契約関係です。それを抜本的改正せずに、小手先の改正を繰り返しながら物権に近づけようとしてきた為、この法律は非常に分かりにくいものとなってしまいました。
  法治国家では法律がルールです。どんなスポーツやゲームでも、その参加者は事前にルールをよく理解していなければなりません。しかし、私達にとって極めて日常的な借地や借家のルールであるこの借地法・借家法は、理解するのにとても骨が折れるのです。
  条文は、(旧)借地法で18条、(旧)借家法でわずか11条しかありません。しかしこの法律の条文だけを金科玉条と謳い上げても、実際の現場ではほとんど通用しません。そこでは以心伝心とか、阿吽の呼吸といった極めて日本流の相互理解が幅を利かせるのです。これでは、日米構造協議で米国からクレームが付いても当たり前でしょう。この分かりにくさが借地法・借家法を、良くない法律とさせている最大の理由なのです。
  さらに言えば、この法律では「正直者がバカを見る」ことを容認している節さえあります。借地は別として、借家の場合は、今でも正直な人は、家主の都合で退去して欲しいと言われ、それを切実と認めるなら一銭ももらわずに退去するでしょう。ところが人によっては多額の立退料を要求します。要求する人が良いか悪いかという問題ではなく、同じ状況下で、ある人は一銭も取らず、別な人は多額な金銭を取るということ自体、ルールが一定していないことによる不公平ということになります。どうも釈然としません。

  こんなことですから、立ち退きでゴタゴタしている場合「無理が通れば道理が引っ込む」ことになり、あちこちで泣きを見る人が多くなるのです。

  平成4年8月1日に借地借家法新法が施行されました。従来この法律に泣かされていた地主、家主は大いにこの新法に期待しました。借家法改正試案では、事業用の物件には借家法の適用を除くという条文もありました。つまり、事業用借家についてはすべて互いの契約条件に従うという画期的なものでした。しかし、折からのバブルによる地価高騰という社会背景のもとで、法律論からいつの間にか土地政策へと改正目的が変更されてしまい、最終的には、従来の借地・借家問題については、ほとんど全てが切り捨てられ、改正新法の対象外となってしまいました。旧借地・旧借家問題は「交渉」と「訴訟」の世界から脱出することはできませんでした。

  平成12年3月1日より定期借家制度が新設され、種々の制約はあるもののようやく契約自由の原則に一歩近づきました。しかし、改正以前の借家契約はやはり相変わらず旧法に拠るものとされます。
  この分かりにくい(旧)借地法・借家法の中でも特に分かりにくい契約更新の拒絶の為の「正当事由」について多少でも分かり易い説明を試みてみましょう。

    借地法第4条(更新の請求)
         (1) 借地権消滅の場合に於いて、借地権者が契約の更新を請求したるときは、 2 建物ある場合に限り前契約と同一の条件を以て更に借地権を設定したるものと看做す。
但し土地所有者が自ら土地を使用することを必要とする場合、其の他正当の事由ある場合に於いて遅滞なく異議を述べたるときは此の限りに在らず。
    借家法第1条の2(更新拒絶又は解約の制限)
           建物の賃貸人は自ら使用することを必要とする場合、其の他正当の事由ある場合に非ざれば賃貸借の更新を拒み又は解約の申し入れを為すことを得ず。


  この借地法第4条および借家法第1条の2の条文中に出てくる「正当の事由」とはどんな事を言うのか、実は素人にはよく分かりません。その前に出てくる「自ら使用する」なら、一応は分かりますが、これも実際の裁判では運用上、文字通りとは異なっており、単に自分が使いたいと言ってもだめなのです。
  「自ら使用する」ことも含めて「正当な事由」とは何かを分かり易く図解すると以下となります。



  公平と正義を基準にして、貸主と借主のどちらが、この物(土地あるいは家)を、この天秤の皿の上に乗せた四つのどの段階で必要としているのかが、この賃貸借契約を更新させるか明け渡させるかを決めます。
  「娘(土地や家)一人に婿(貸主と借主)二人」の状態のこの借地あるいは借家で、どちらがより熱心に娘を嫁に欲しがっているのかということで決めようという訳です。貸主は「死活」問題だが、借主は「望ましい」程度ならば貸主の更新拒絶は受け入れられるでしょう。反対に貸主は「切実」ではあるが、借主こそ「死活」問題ということになればこの契約は更新されるでしょう。そして、それでもどうしても契約を終了させたいと貸主が思うならば、天秤が自分の側に傾く程度に「持参金」を自分の皿の上に積み上げることになります。これを、「金銭による正当事由の補強」と言います。

■公正と正義の天秤

  こんな具体に考えると借地法借家法の更新・明け渡しの法理が単純化されて分かり易いと思います。
  この「死活」あるいは「切実」とは、具体的にどのような状態・事情を言うのか。これについては、次の機会に考えてみたいと思います。

(※現在の借地・借家契約の当初契約が平成4年7月31日以前であれば、それらの契約はすべて(旧)借地法(旧)借家法扱いとなり、(新)借地借家法は適用されません。)

(株)ハート財産パートナーズ 林 弘明


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