アパートが燃えた
リスク管理は万全ですか

  アパート経営は様々な事業の中でも比較的リスクの少ないものと言われています。それでも、いくつかリスクの要因を考えることができます。
たとえば、アパートの入居者が火災事故を起こした場合、関係者の損害賠償責任はどうなるのでしょうか。アパートの家主にとっても、アパート内の他の入居者にとっても非常に重要な問題です。
第一にアパートを焼かれてしまった家主は火元の入居者に対して、損害賠償を求めることができるか。第二に火災によって類焼した隣室の入居者は火元入居者に対して同様に損害の賠償を求めることができるか。この2点に絞ってアパート火災について検討してみたいと思います。
一般的に言って、他人の財産に損害を与えた者は、その損害を賠償しなければなりません。これは、民法第709条(不法行為の要件)の適用を受けるからです。しかし、火事についてだけは、特別な扱いとする法律「失火ノ責任ニ関スル法律」があり、失火の場合、失火者に重大な過失がある場合を除いて、民法第709条の規定を適用しない、つまり、失火者は他人に対して損害を賠償する責任は無いのです。要するにこの法律により火災による類焼は、泣き寝入りとなってしまうのです。
一般人の感覚からすると、おかしいと思われるかも知れませんが、日本では、木造建造物が圧倒的に多く、一度火が出ると数軒に及ぶ事もしばしばで、個人ではその損害の賠償責任をとり切れないということ、さらには、失火というものは、誰にでも起こり得るものであり、明日は我が身であること、などの理由から、失火者にその責任を求めないことになったのであろうと思います。
さて、アパートの火災事故に戻りまして、第一の点について考えましょう。アパートを焼かれてしまった家主は、火元の入居者に対して損害の賠償を求めることができるのか、という問題です。結論から言えば求めることができます。前述した「失火責任法」は、第三者との間に起きた不法行為としての火災について適用されますが、アパートの家主と入居者との間では、アパート賃貸借契約という債権債務関係があります。入居者は、この契約によって家主から借りたアパートの一室を損傷させてはならないのです。従って、入居者による火災事故はこの契約による債務不履行ということになり、「失火責任法」の適用を受けず、この入居者は、家主に対して火災事故によって与えた損害を賠償しなければなりません。
それでは、第二の点についてはどうでしょうか。火災によって類焼した隣室の入居者は、火元入居者に対して損害の賠償を求めることができるのかという問題です。これは、求めることができません。さきの家主と入居者の関係のように、債権債務の特別な関係にない第三者間では「失火責任法」の適用がありますので、火元入居者は、隣室の入居者への損害賠償責任は免れます。つまり、隣室入居者は諦めるよりほか仕方ありません。この関係を図示してみましょう。



この隣室入居者が、泣き寝入りでは腹の虫がおさまらないので、家主に向かって損害賠償を求めてきたら、家主はその損害についての責任を負わされるものでしょうか。
通常の場合その責任は免れます。しかし、火元となった入居者が日頃から火に対してだらしなく、隣室入居者が、火災を起こされると困るので家主に対して注意して欲しい旨、再々申し出ており、家主がそのことについて適切な管理指導をすれば出来たのに、怠っていたと認定された場合、家主は隣室入居者の受けた損害を賠償しなければならない可能性もあります。
これで、法的な損害賠償の関係は明らかになりました。しかし、民事上の金銭に対する求償権は、その相手方に支払い能力が無ければ「絵に画いた餅」です。要するに火元入居者の損害賠償能力次第では、家主も法律はともかく隣室入居者同様に全くの泣き寝入りとなってしまう可能性があります。最悪の場合、隣室入居者への損害賠償を支払うだけで、自分の方は一銭もとれないということもないとは言えません。
ところで、火災事故の場合でも火元が特定できず原因不明であったらどうなるのでしょうか。また、アパートの家主側の設備が原因であったらどうでしょうか。また、損害を発生させた原因が火災でなく漏水であったらどうでしょうか。
アパート経営は、様々な事業の中でも比較的事業リスクの少ないものの一つではありますが、このように考えていくと、意外に色々な危険があることに気がつきます。
このような不測の事故に備えるためには、最悪の状態にも対応できる金額もさることながら、様々な事態を想定した特約を用意した総合的な損害保険に入っておくことが肝要なのです。損害保険の専門家によれば、一般的な火災保険だけでなく幾種かの損害保険を組み合わせることによって、前述のような不測の事故のほとんどすべてに対応することができるリスク管理体制をつくること出来るということです。
「治にいて乱を忘れず」であり、「治を未だ乱れざるに制す」です。日頃から、最悪に備えておくことが大切な事です。

(株)ハート財産パートナーズ 林 弘明


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