地主さん、借地人さん
貸地は瑕疵地(かしち)? 借地(かりち)は仮地?

  「庇を貸して母屋を取られる」という諺があります。一部を貸しただけなのに、それにつけこまれて最後には全部奪い取られてしまう、恩を仇で返されるたとえでもあります。借地問題というとどうもこの諺が思い浮かばれてしまうのです。借地は、地主からすれば貸地です。地主にとって貸地は瑕?地、つまり傷や欠点のある土地ということなのでしょうか。ちなみに、カシを漢字変換すると「貸」とならんで「瑕疵」が出てくるのはどこか抽象的です。

  私のお客様の例ですが、昭和20年の終戦直後、遠縁の人に泣いて頼まれて、庭先の防空壕を使わせてあげました。当時は食べる物すらなく皆が苦労に苦労を重ねていました。そして、東京は焼け野原でしたので、住まいなど思うようになりません。本人たちは疎開先でしたので、苦労も少なくてすんだようでしたので、使っていなかった東京の自宅の庭先の防空壕を、暫らくの間のつもりで貸してあげたというわけです。
  そして、あっという間に40数年が経ち、その間、50坪程度のその土地の上に、その遠縁の人は、はじめはほんの小さな家を建て、それを次には増築して、今では古いなりとも相応の家となってしまいました。ここまでなら、地主さんも縁つづきでもあるし、困っていた人達を助けたことにもなるので事は起りません。しかし、この親戚が最近事情によって引っ越すことになったのです。そして、地主を訪ねてきて、「借地権」を買取って欲しい旨申し出て来ました。東京のある住宅街ですが、バブル崩壊後とはいえ坪300万円位の所です。広さ50坪ですから総額1億5,000万円の土地ですが、その遠縁の申し出金額は、一般的な借地権割合60%(この場所は東京国税局の路線価図によると借地権割合が60%の地域です)の計算によって出した9,000万円でした。

  借地人の言い分は、この40数年無料で借りていたわけではないし、今住んでいる家も自分がお金を出して建てたものだし、何といっても世間の相場というものがあり、借地権は地価の6割と聞いている。というものでした。
  地主にしてみれば、困っていたので人助けのつもりで貸したのであって、その間受け取っていたお金もその親戚が、ただで借りていたのでは気が済まないと言うから高い安いに関係なく受け取っていただけのものでした。それを、今さら使わなくなった土地について、借地権だといって、地価の6割の9,000万円もの大金を、どうしてその親戚に支払わなければならないのか、どうしても理解できません。冒頭の諺風に言えば「防空壕を貸して借地権を取られる」といったところです。

  この問題は特殊な例という訳ではなく、世間一般の借地について、多少のニュアンスの差はあっても、本質的には通じるものが多いのです。間に入るように頼まれた私は、次のように双方を説得して、互いに金額面で歩み寄らせることで解決を図りました。


  地主さんに― たしかにあなたがおっしゃるように、土地を貸してあげたそもそも事情は、当然考慮されなければならないでしょうけれど、この土地の時価は、今でこそ坪300万円といわれますが、終戦当時とのインフレ格差を考えてもこんな値段はしなかったはずです。地価がこのように高くなったのは、そこに住み、その地を守り、また商売を営んできた人々がいたからこそ発展してきたので、その結果が坪300万円ということもあるのです。もちろんその遠縁の人がいなくても同じように値上りしたと言えなくもありませんが、それでも、その地域の人々が営みを続けてきた結果地価が上がったのです。そこで、6割が借地人のもので、地主が4割として、坪300万円の4割は120万円です。もし値上がりが小さく坪200万円なら地主が仮に6割もらったとしても同じ120万円です。坪100万円ならば全部地主がもらっても100万円となり、300万円の4割より少なくなりますね。借地権とは地価の値上がりに対する借地人の貢献の証でもあるのです。ですからそれを十分考慮に入れた上で、スタートの際の事情を割り引いて借地権価格を決めたら良いのではないでしょうか。

  次に借地人さんに― まずスタートの時の事情をよくよく考えて下さい。恩を仇で返すことのないようあまり無理な要求をしないことが、人の道というものではありませんか。たしかに借地権は法律上の権利です。けれど借地権は、建物の朽廃と共に消滅してしまいます。借地(かりち)はやはりどこか仮地なのです。家を使わなくなれば必ず朽廃はおこります。それでは借地権を地主に対してではなく、第三者へ売却したら、とお考えになるでしょう。その場合は地主の承諾が必要となります。地主さんは承諾しないでしょう。むろん借地法に基づいて、地主の承諾の代わりに裁判所に許可を得て第三者へ売却もできますが、この場合、借地非訟と言って約1年の期間がかかりますし、今の時世でそういう地主との争いにある借地権を買う人が現れるかどうかは大いに疑問です。地主に売らず、第三者にも買ってもらえず、自分も使わない、そして誰も使わないならば、借地をしている意味を失いますので、残る道は他人に「家」を貸すしかありません。古い家を貸して一体いくらの家賃を手にすることが出来ますか。家を大規模修繕するには地主の承諾が必要で、地主さんがこれも承諾しないでしょう。その上、安い家賃で貸していて、今度は自分が地主から借地権を奪ったように、借家人に借家権を奪われます。このように考えると、今までお世話になった地主と円満に折り合える金額で応じることが最も安全、確実、かつ後腐れがないという事になるでしょう。


  両者に対して、双方がどこまでも突っ張りあえば、その土地は文字通り瑕?地=きずだらけの土地になってしまうことを、地主・借地人の両者に納得してもらって、当初の半分くらいの借地権買取り価格で話がつきました。

「人間万事欲の世の中」であっても、「君子は財を惜しむ、これを用うるに道あればなり」であっても、「欲多ければ身を傷い財多ければ身を煩わす」こともあわせて考えたいものです。

(株)ハート財産パートナーズ 林 弘明


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